ITからのレガシー業界。今、感じるその差と可能性とは?
ーー仕事でやりがいを感じるとは?
「ケイジ、ありがとう。一生の思い出になる経験だった」。
我々ハートランド・ジャパンが主催する萩・津和野のツアーに、ニュージーランドから参加してくれたご夫婦がくれた言葉で、それが、6日間、私自身が彼女たち夫婦をアテンドした成果でした。
「人生が変わるほどの体験」を標榜しているだけに、この言葉は、達成感としてジワジワと、そして静かに込み上がってきました。「自分たちがやっていることは間違っていなかったんだ」、素直にそう思える体験でした。
大手IT企業を辞めて起業して5年。また、これまで20年以上の社会人生活の中で新規事業の立ち上げも多くやってきましたが、このインバウンドトラベルビジネスは、自分の発案で、自分の資金で、自分の借金で、自分のリスクで開始した新規事業ですので、その満足感は自分の中でも何者にも替え難いとても高いものでした。
また、これまではITやメディアの業界でしか働いたことがなく、いつもコンシューマとの間には「媒体」が介在していたため、このようにお客様からダイレクト(in personで)に喜びの声をもらえる機会はありませんでした。それだけにこの達成感はひとしおでした。
「そうか、これこそがホスピタリティ業界なんだ」。ITとは真逆で、ヒトも手間もカネもかかる、超絶面倒くさいフィジカルなビジネス。ただ、しかし、お客様が浮かべる喜びの表情を見られると全てを帳消しにできる、その喜びを感じることができるのがトラベル業界なんだと感じました。
人は人から感謝されることで初めて幸福感を感じることができる、その本質に近づけた瞬間だったのです。
この幸福感はトラベル業界だからこそ強く感じることができるのだと今は思っています。人は人に必要とされること、感謝されることで、幸福を感じることができる。この不文律をインバウンドトラベルでなら「グローバル規模」で感じることができる。しかもダイレクトにその言葉をかけてもらえる。それがこのインバウンドツーリズムの世界なのです! 自分が企画して実現した自分たちのサービスが、ニュージーランドのお客様から必要とされた。そして実際に感謝された。結果、この言葉「ケイジ、ありがとう。一生の思い出になる経験だった」という言葉をもらえた。彼らの人生の幸せに貢献できた証であるこの言葉をもらえたことで、自分の夢が一つ実現できたことを味わえたのです。夢を仕事にするということは、人生と仕事が完全に一致している状態。とても幸せなことと言えるでしょう。
ーートラベル業界とは?
さて、人と人が触れ合うからこそ感じることができる自分の人間としての価値、それを知ることができるシゴトという点において、トラベル業界はすばらしいというのが持論ですが、その業界とはどんな業界なのでしょうか?
最先端の技術を開発し人類の生活を根底から変えてしまうほどの ITが持つパワーは、文明を半歩も一歩も進めてきました。
一方、自分が今、足を踏み入れたトラベル業界、いや、自分が今取り組んでいるアドベンチャートラベルのサービスの羅針盤は、真逆を向いています(*トラベル業界は広いので、話を単純化するため、ここではアドベンチャートラベルという狭い領域にスコープします)。
私は、旅の本質は「非日常」にあると考えています。日常生活とのギャップが大きければ大きいほど、その価値は高いということです。
つまりインターネットなどのITに触れている便利な日常の生活から、かけ離れれば離れるほど、その旅の価値は高くなるということです。「どっぷりと異世界に浸かる感覚」、それが日常を忘れさせ、気持ちをリフレッシュさせ、人生にインスパイアを与える。時にそれが人生を変えるほどの体験にもなる。旅をするということは、このような「異世界体験」にこそ価値があるのです。
だから、私はテクノロジーなど先端技術で未来を切り開くというような方向とは逆の方向に進んでいるような気にもなります。「現代から過去へ」、「未来から歴史・伝統へ」、「自分は今過去を切り開いている。ただ、同時にそれは本質的には日本の未来を創っている」というような感覚でアドベンチャートラベルの業務に当たっています。
そうした試行錯誤の結果が、日本らしさを求める顧客への旅のサービス価値を高めると信じているからです。だから自分の思考自体も、必然的に反テクノロジーになってしまう今日この頃なのです(笑)。
向いている方向が逆なので、古巣の IT業界とその価値を比べることはなかなかできないこのトラベル業界ですが、マイナスに感じる部分もあります。デジタルの01の信号のやりとりとは違った、ウェットで超アナログな世界である分(お客様にとってはそこに価値があるのですが)、トラベル業界は業務効率がとても悪いと感じることもとても多いです。ツアーを作るには現地に足を運ぶ必要がありますし、営業もF2Fが基調、メール対応不可、いちいち人や物がフィジカルに移動する必要がある時間もコストもかかる、とても面倒なビジネスだからです。実際「え? そんなめんどくさいことやるの?」と、何度思ったことか……。
さらに規制業界でもあるので、資格制度、事業者免許、役所や協会への各種届け出も義務付けられています。扱うものが無形の「サービス」なので、トラブルが起きやすい。だから細かく規制する必要があると考えらているようです。
また、未だにFAX予約や紙でのやりとりが横行しているレガシーとも言えるトラベル業界ですが、手間がかかるだけでなく、利益率も厳しいものがあります。一般的に50%以上もあるIT業界の利益率と比べると、かなり薄利で業務効率は悪く、利益が数%、中には1%以下の案件も多いと聞きます(弊社ではそんな薄利多売ビジネスは体力的に無理なんですが)。給料も他業界に比してかなり低いようです(話を聞いて何度かびっくりしたことがあります)。仕入れコスト、固定費を抑えに抑えて成り立っている、それがこの業界の懐事情ということなのでしょう。
ーートラベルはコンテンツのるつぼ
そんな面倒で、堅くて、レガシー感満載のトラベル業界ですが、他の世界にはない魅力に溢れています。
まずトラベルは、コンテンツのるつぼだということです。フード、アウトドアアクティビティ、文化体験、歴史、人とのふれあいなど、伝統継承、そして社会の課題など、どんなものでも内包できるコンテンツとしての収容力があるということです。自分が好きなもの、そしてお客様が喜んでくれるであろうものをなんでもてんこ盛りにしてブチ込めるのです。
これほどまでに全てのものを飲み込むことができるビジネスはないのではないか、そう思えるほどにこのビジネスには、包容力があります。映画が、文学や写真、映像などを複合的に組み合わせた「総合芸術」、空手や柔道、レスリングやキックボクシングなどの要素を組み合わせたのが「総合格闘技」というなら、このトラベルビジネスは「総合娯楽」です。そこにはアウトドアも文化も歴史もグルメも人の人生も、どんなものでもブチ込むことができます。どんなものでも題材してツアーにできます。
もう一つは、自分の培ってきた能力や経験を活かせるということです。具体的には、
・地域と世界を結びつけるネットワーク力とマッチング力
・今ある地元資産を集めて編んで伝える編集力と発信力
・パッケージングしてブランディングして販売するマーケティング力とセールス力
というような、私が営業職や企画職で得たスキル、メディアやIT業界で得た知見といった力です。
商品の作り方、伝え方、営業の仕方など、過去に培ったものが全て今活きています。
さらに、これまで世界40カ国(2019年5月時点)を旅してきたグローバルな知見も活かすことができています。インドネシアのバリ島で観たレゴンダンスやケチャがインスパイアとなり、石見神楽につながり、当社の旅行商品の主軸コンテンツに。これまで二度訪れたイタリアのチンクエテッレがインスパイアとなり、日本の集落をパッケージングしてブランディングしようという試みのトリガーに。イタリアのアプリカーレという地震から復興した過疎化の進む小さな村の成功物語が、日本の田舎ツーリズムでも成功させるできるという勇気につながっています。
この全ての多様性を飲み込むことができる寛容な「包容力」と、「自分が活かしたい経験・能力」がマッチしている。だから私はこの未経験のビジネスに情熱を燃やすことができるのです!
そういう意味においては、ITはトラベルビジネスを補完するもの、という感じでしょうか。ITとトラベル、どっちがいいの?と比べられるものではない気がします。ただ、今自分が足を踏み入れたこのこのアドベンチャートラベルのビジネス領域においては、その仕掛けをできる人材が周囲にはあまりいないので、自分の存在価値が高いのはこのトラベル業界だと言えるでしょう。
そして、他業界からの参入組だからこそ、このトラベルの世界も自分の力で変えられる部分もあるんじゃないかと前向きな勘違いをしているのは今の私です。地域には依然として掘り起こされていない世界的に価値のある資産に溢れていると常に感じています。無限のブルーオーシャンが広がっているような感覚でこの日本を見ています。だからこそ面倒くさいことにも情熱を燃やすことができているのです。
今後も地域を世界視点で見つめ直し、地域を世界ブランドにする活動に邁進してまいります。
今後このブログシリーズで、私が考える「無名地域の世界での戦い方」を連載してみたいと思います。
–Vol.2に続く
文・リベルタ株式会社 代表取締役
ハートランド・ジャパン 澤野 啓次郎