【前編】温泉でタトゥーを容認すべきか?日本人が刺青に対して厳しい理由と外国人の意見

日本では温泉やプール、フィットネスクラブなどでタトゥーを入れている人は利用不可としているケースが少なくない。そのため日本のタトゥーの規制に困惑しているインバウンド旅行者も存在する。とはいえ、日本では「タトゥーを入れている人は反社会勢力」というイメージが定着しており、タトゥー解禁は容易くないだろう。タトゥーの規制を緩めるべきか否か。
検討する際の判断材料となるよう、日本人がタトゥーに対して厳しい目を向ける理由や世界でのタトゥーの捉え方などを前半と後半の2部にわたってお伝えする。前半にあたる本記事は、日本人と外国人のタトゥーに対する考え方の違いをまとめた。
目次
1.タトゥーをタブーだと捉える人が多い日本
「タトゥーが好きだ」「タトゥーに興味がある」という日本人は少数派ではないだろうか。
反社会勢力やアウトローな人々がタトゥーを入れている場合が多いことから、タトゥーがある人に対して恐怖感を抱くからかもしれない。
ORICON NEWSが10代から50代の社会人1000人を対象に行った「タトゥーに関するアンケート調査」をみると、約4割近くがタトゥーに対してネガティブな感情を抱いていることがわかる。
【タトゥーに対するイメージ】
「タトゥーを入れる行為についてどう思うか」
- 良いと思う16.5%
- 良くないと思う:38.4%
- どちらとも言えない:45.1%
引用:ORICON NEWS 「タトゥーに関するアンケート調査」10代~50代社会人男女1000
なお、タトゥーを入れている日本人は少数派で、人口の約3%※程度といわれている。
※日本観光研究学会機関誌「入墨・タトゥーがある客の利用可否をめぐる現状と課題」
1-1.ほとんどの温泉施設ではタトゥーNG
観光庁が2024年に実施した「インバウンド消費動向調査の結果」では、温泉への入浴に満足した人は96.2%にのぼる。
また、インバウンド旅行者の46%が次回の訪日で温泉を利用したいと答えており、インバウンド旅行者は温泉への興味が高いと言える。
引用:国土交通省観光庁「訪日外国人の消費動向 インバウンド消費動向調査結果及び分析
しかしその一方で、タトゥーをいれている人は入浴不可としている温泉施設はかなり多く、日本人のみならず外国人観光客にも適用されている。また、温泉施設だけでなく以下の施設でもタトゥーが入っている人は利用不可としているケースが多い。
- ジム・フィットネスクラブ
- プール
- ゴルフ場
タトゥーが入っている人が温泉に入る方法
タトゥーが入っている人は、タトゥーを許容している「Tattoo Friendry(タトゥーフレンドリー)」な温泉や客室に温泉が用意されている宿を利用するという方法がある。
なかには、シールなどでタトゥーを隠せば利用可能としている施設もある。
しかし、両腕いっぱいにタトゥーが入っている、大きなタトゥーがある人はシールで隠すことが難しいだろう。
また、タトゥーを隠すための「ファンデーションシール」は、限られた店舗でしか販売されておらず、場所によっては入手できないかもしれない。
確実に入手したい場合は、Amazonや楽天市場などのオンラインショップを利用すると良いだろう。
1-2.日本におけるタトゥーの歴史から温泉でタトゥーがダメな理由を紐解く
日本ではなぜ、タトゥーは反社会勢力というイメージを持つ人がいるのだろうか。ここでは日本人がタトゥーをどのようにとらえてきたか、見てみよう。
【古代〜飛鳥奈良時代】
日本には古来よりタトゥーを入れる習慣があったと考えられている。一説によると、出土された土偶の顔面にライン上の文様が見られることから、すでに縄文時代にはタトゥーの文化があったのではないかという。
また、西暦200年代に中国で書かれた「魏志倭人伝」では、日本人男性が顔や身体にタトゥーを入れていたという記述が見られる。
この時代は、現代よりもタトゥーを施す文化が許容されていたのかもしれない。しかし7世紀中頃になると肉体にタトゥーを入れるよりも、衣服による美しさを求めるようになる。
よって、タトゥーを入れる文化が衰退したと考えられている。
【江戸時代】
引用:kintaro 「江戸の刺青消防士」
長い時間を経て江戸時代になると、タトゥーを入れる風習が復活する。タトゥーを施していたのは、主に鳶職や飛脚といった労働者たちだ。彼らは衣類を身にまとわずふんどしを付けただけの姿で仕事をしており、地肌を見せることが恥ずかしいと考え、全身にタトゥーを施していたという記録が残っている。
また、遊郭でもタトゥーが流行し、タトゥーを入れる遊女や男性客とが、将来を誓い合った証として「入れぼくろ」という小さな点のタトゥーを入れていた。
古代から江戸時代においては、人々はタトゥーに対してネガティブな感情を抱いていなかったようだ。特に、当時は花形職業の一つであった鳶職がタトゥーを入れて仕事に励む姿は「粋」だと考えられ、憧れの存在だった。よって、タトゥーに憧れていた人は多かったかもしれない。
その一方で、タトゥーは刑罰の一種でもあり、罪人は額や腕にタトゥーを入れられていた。
そのため、江戸幕府はタトゥーは恥ずべきものだと考え、1810年と1842年には「彫物御停止例(ほりものおちょうじれい)」を発令し、タトゥーを禁止しに。この禁令によってタトゥー文化は下火になったが、1847年頃より人気が再燃したといわれている。
海外から評価されている「和彫り」
和彫りとは江戸時代に発達したタトゥーで、鮮やかな絵柄や墨の濃淡が美しいことが特徴だ。
日本ではヤクザが入れているイメージが強いが、海外からはその美しさを高く評価されている。
インバウンド旅行者のなかには、和彫りを施すために来日したという人も。
また、和彫りのタトゥーアーティストの多くは高い技術を持っていることから、海外のタトゥーコンベンションなどに招かれることも多い。
1-3.タトゥーに対してネガティブなイメージを持つ理由はヤクザ映画の影響か
日本におけるタトゥーの歴史を紐解くと、一部タトゥーを嫌う人が存在していたことがあり、幕府や政府によって禁止されたという時代はあるものの、多くの人はタトゥーはファッションの一部、または文化として受け入れていたということがわかる。
現在のタトゥーが反社会勢力というイメージが定着したのは、次の2点ではないだろうか。
- 江戸時代に刑罰として罪人にタトゥーを施していたこと
- ヤクザ映画の影響
タトゥーを入れている反社会勢力に属する人が多いことは事実だが、1960年代以降は一部の一般市民もタトゥーを入れていた。
背中や腕に和彫りの大きなタトゥーを見せるヤクザが登場する映画が流行したことにより、「タトゥーはヤクザが入れるもの」というイメージが定着し、タトゥーに対して悪い印象を持つようになってしまったのではないだろうか。
2.欧米ではタトゥーをどう捉えている?タトゥーを入れる理由は?
欧米では、なぜ日本よりもタトゥーを入れている人が多いのだろうか。アメリカでもタトゥーが入っていると就職の際に不利になるという意見も散見され、高いキャリアを持つビジネスパーソンでタトゥーを入れている人は少ない。
とはいえ、日本のようにタトゥーの有無で施設の利用を制限することはない。欧米ではタトゥーをどのように捉えているのだろうか。
2-1.タトゥーをアートやファッション、自己表現のツールとして捉える欧米人
欧米では、マフィアやギャングがタトゥーを入れているものの、一般的にはファッションの一部、またはアートとして捉える人がほとんどだ。自分の子どもや家族、個人の名前を彫る、座右の銘を彫るなど、自分自身を表現するためにタトゥーを入れる人も。そのため、日本と比べるとタトゥーを入れている人の割合が多く存在する。
欧米では、今後もタトゥーを施す人は増えるだろうといわれている。
マーケット市場調査会社・Fortune Business Insightsによると、世界のタトゥー市場は2023年に20億3,000万USドル、2024年には22億2,000万USドルに成長。今後も市場は拡大し、2032年までに48億3,000万USドルに達すると予測されている。
引用:FORTUNE BUSINESS INSIGHTS 「Beauty & Personal Care/Tattoo Market」
Source: https://www.fortunebusinessinsights.com/tattoo-market-104434
2-2.民族のアイデンティティとしてのタトゥー
国や地域によっては、タトゥーはファッションではなく伝統的な文化として認識されている。特に以下のポリネシア地域では、古くからタトゥーを彫る風習があり現在でも引き継がれている。
【ニュージーランド】
ニュージーランド外務大臣のナナイア・マフタ氏はマウイで、下顎にタトゥーを入れている
引用:外務省HP「日・ニュージーランド外相会談」
ニュージーランドの先住民族・マオリはタトゥーを「タ・モコ」と呼び、背中や腹部、ふくらはぎのほか喉や顔面にタトゥーを施し、現在もその風習は残っている。
マオリにとって、顔は身体のなかで特に神聖な部分であると考え、顔にタトゥーを入れるタトゥーは気高さの象徴とされている。
【タヒチ】
タヒチに伝わるタトゥーは伝統的な紋様をモチーフにしたもので、「トライバルタトゥー」と呼ばれ世界的にもよく知られている。タヒチでは、ティーンエイジャーの男子が大人になる歳の通過儀礼として行われており、勇気や強さの象徴とされている。
19世紀にキリスト教の宣教師がタヒチに入ってきた際にタトゥーを禁止されたが、水面下で継承され、現在では多くの人々が美しいトライバルタトゥーを入れている。
【サモア】
現在でもタトゥーを伝統儀式とし、タトゥーを彫るのに厳しい決まりがあるのがサモアだ。
例えば、タトゥーの施術ができるのは伝統を引き継ぐ正式な彫り師であり、部族全員から承認を得た者に限られている。
サモアではタトゥーの有無が社会的な地位に影響する。サモア人男性にとってタトゥーは自分自身の強さや勇気を表現するものであり、タトゥーがない成人男性は尊敬されず、部族のリーダーになる際はタトゥーを彫ることが必須条件だ。
また、女性が儀式で役割を得るにはタトゥーが入っている必要がある。
このようにサモア人にとってはタトゥーは社会的地位を表すものであり、大学卒業や就職、昇進した際にタトゥーを彫る人も少なくない。
ディズニー映画「モアナと伝説の海」に登場するタトゥー
2016年(日本では2017年)に公開されたディズニー映画「モアナと伝説の海」はポリネシア諸島を舞台としており、タトゥーが登場する。
作中では、風と海を司る半人半神のキャラクター「マウイ」の身体にタトゥーが現れる。このタトゥーは単なるタトゥーではなく、「ミニ・マウイ」という名のキャラクターだ。マウイの身体中を自由に動き回ることができ、マウイが道を踏み外しそうになると身振り手振りで踏みとどまるよう促す。
このようにアメリカでは子供向け作品のなかでもタトゥーを登場させ、ポリネシアの文化を尊重していることがうかがえる。
もし、日本の制作会社が同じストーリーの映画を作ったとしたら、タトゥー「ミニ・マウイ」の扱いは違っていたかもしれない。
まとめ
前半では、日本人がタトゥーをよく思わない人が多い理由や外国人のタトゥーに対する考え方を解説した。
外国人のなかにもタトゥーが好きではないという人はいるだろう。しかし、日本のように特定の場所の利用を制限している国はあまりみられない。このように、温泉などタトゥーを理由に利用を断る施設について、外国人たちはどう感じているのだろうか。
後半では、日本のタトゥー問題に対する外国人の意見を紹介するとともに、近年変化が見られる日本人のタトゥーの捉え方を解説する。