インバウンド決済の課題と対策 |外国人観光客の消費額を拡大するには

インバウンド旅行者の受け入れ体制整備が整いつつあり、多くの外国人が満足している一方で、キャッシュレス決済非対応の場所が多くて困ったという声が挙がっている。
旅行者にとって、支払いがスムーズにできないことはストレスに感じるだろう。その結果、消費意欲が低下してしまうリスクがある。そうならないためには、どうしたら良いのか。
今回は、日本のキャッシュレス決済の状況や、インバウンド旅行者が感じている不便さを解説するとともに、受け入れ側の私たちができるアクションを提案する。

1.インバウンド旅行者の消費額が減少した2024年

日本独自の魅力に加え、ビザ緩和措置やLCCの増加、さらには円安の影響もあってか、昨年2024年は約3600万人もの外国人が訪日した。前年2023年と比べると47.1%増となり、インバウンド旅行者数は過去最高であった。

しかしインバウンド旅行者数が増えたにも関わらず、2024年の消費額は減少。2023年のインバウンド旅行者の消費額は24億円だったのに対し、2024年は18億円と6億円も減少した。

 

画像出典:国土交通省観光庁【インバウンド消費動向調査】2024年暦年の調査結果(速報)の概要

 

次から解説するインバウンド旅行者の不満を解消することで、消費額を増やすことが可能かもしれない。

 

2.キャッシュレス決済が普及しつつも不便を感じるインバウンド旅行者

近年、国内では、買い物の際にクレジットカードだけでなく、PayPayなどのQRコード決済や交通系電子マネーも普及している。支払い方法の選択肢が増え、便利だと感じる日本人は多いだろう。

経済産業省が2024年3月29日に発表した「我が国のキャッシュレス決済額および比率の推移(2023年)」によると、2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%(126.7兆円)となっている。

 

我が国のキャッシュレス決済額及び比率の推移(2023年)

引用:「2023年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(経済産業省)

 

2010年から2023年までの十数年で、キャッシュレス決済比率は約3倍までに成長しており、このデータだけ見ると順調に推移しているように感じる。
その一方で、支払いに不便を感じるインバウンド旅行者が存在することも事実だ。

 

3.インバウンド旅行者が支払いに不便を感じる理由4つ

日本でキャッシュレス決済が増加しているにもかかわらず、インバウンド旅行者が支払いに不便を感じるのはなぜだろうか。

日本在住のイギリス人であるルーク・フリーマンの意見をもとに、支払いに困る理由を考察する。

 

3-1.キャッシュレス非対応である店舗が多い

チェーン店などは、既にキャッシュレス対応済みだが、個人経営の店舗は、支払い方法は現金のみというケースはまだまだ多い。

 

ーー(ルーク・フリーマン 32歳・イギリス出身)

「先日、有名な観光地である高尾山に行った際、キャッシュレスに対応しているお店を見つけることが難しかったことを覚えています。暑い日でしたが現金を持っていなかったため、水も買えず、結構大きい問題だなと感じました。自国ではキャッシュレス決済の生活をしていますので不便さを感じました」

そのため、次に解説するように支払時は現金を用いる外国人が多い。

 

3-2.現金を持ち歩くことに不安がある

インバウンド旅行者の日本での決済手段を見ると、2019年と2023年、ともに現金及びクレジットカードの支払いが大半を占めている。

 

引用:「インバウンド需要の拡大と訪日外国人の決済動向」(日本総研)

 

しかし、日常的にキャッシュレス決済を利用している外国人のなかには、現金を持ち歩くことに不安があるという。

 

ーー(ルーク・フリーマン 32歳・イギリス出身)

欧米では現金を持つのは危ないと考えるのがスタンダードです。イギリスで暮らす私も例外ではなく、外出する際は基本的に現金で4千円以上を持たないようにしています。私たちの生活圏ではそのような習慣があるため、日本は安全といえど、お金の管理には神経を使います。

安全対策のための習慣が日本の決済環境においては通用しにくい。大金とはいかないまでも、普段よりも多めに現金を持つことへの精神的負担は大きいように思える。盗難や紛失、トラブル回避に神経を使わざるをえない旅行は、はたして楽しい旅行といえるのだろうか。

 

コラム

#物乞いも利用するQRコード決済アプリ

中国では「微信支付(We ChatPay)」「Ali Pay」などのQRコード決済アプリが急速に広まった。ほとんどの場所で利用でき、道行く人にお金を要求する物乞いも、QRコード決済アプリを使っている。

手にはラミネート加工された紙を持っており、そこには「病気のために手術代が必要」「体が不自由で働けないのでお金をください」といった文章とともに、支払いができるQRコードが記載されている。物乞いにお金を与える場合、このQRコードから支払いができるのだ。

微信支付のサービス提供開始がされた2013年から2015年ごろの間に、このような物乞いが見られるようになり、中国国内で話題になった。

 

3-3.現金を引き出すのにATM手数料がかかる

手持ちの現金がなくなっても、その都度ATMを利用すればよいのではないかと思えば、そう簡単なものでもないらしい。

 

ーー(ルーク・フリーマン 32歳・イギリス出身)

「海外でのATM手数料は無料の場合が多いため、日本のATMで手数料を取られることに損をした気分になります。あまりATMを使いたくないと考える外国人は多いのではないでしょうか」

 

手数料のことを考えると必要以上にATMを使いたくない、となると、消費行動も消極的になってしまう。買いたいときに現金を所持していないから買えない状態では、旅行の満足度も上がらないだろう。

なお、日本国内で海外のカードが使えるATMは以下の8つ。

 

  • セブン銀行
  • イーネット
  • ローソン銀行
  • イオン銀行
  • ゆうちょ銀行
  • 三菱東京UFJ銀行
  • みずほ銀行
  • 三井住友銀行

 

上記8つのATMのうち、国内で一番台数が多いのがゆうちょ銀行である。海外発行のクレジットカードを使って現金を引き出した場合、ATM利用手数料は1回あたり最大220円(税込)となっている。

 

3-4.現金を入手できる場所が少ない

近年は、日本の田舎を旅する外国人も多い。日本の田園風景や独自の文化などを楽しみ、満足する一方、支払い時に困ったという声が挙げられている。

まず、郊外では現金支払いのみという店舗や施設がまだまだ残っている。そこで、現金払いをするが、現金が足りないという事態が発生する。現金を引き出しにATMを探しても見つからない。

都市部では現金の入手が困難なケースはほぼないが、郊外では現金の入手が難しいのだ。

 

4.インバウンド旅行者の消費拡大のためにできるアクション

ATMの設置やキャッシュレス決済対応を促すよう声を挙げても、即座に状況は変わるものではない。

そこで、インバウンド旅行者のために旅行事業者ができるアクションを提案する。状況を変えられなくても、このような相手を思いやる気持ちは、外国人たちに喜んでもらえるだろう。

 

4-1.キャッシュレス決済システムを導入する

店舗や宿泊施設などを経営している、またはアクティビティなどサービスを提供しており、インバウンド旅行者にもっと利用してもらいたいと考えるなら、キャッシュレス決済システムを導入することがおすすめだ。キャッシュレス決済が可能であることをGoogleマップに記載する、看板などに表示するだけで、インバウンド旅行者の利用増加が期待できる。

最近は、月額費用無料で決済手数料のみ負担すれば良いキャッシュレス決済システムがあるので、導入しやすいだろう。なかには、キャンペーンを行い初期費用無料で利用できるものもある。

また、ほとんどのキャッシュレス決済システムが、欧米人がよく利用するVISA、Master、AMEXや中国のQRコード決済である微信支付(We ChatPay)やAli Pay、韓国のKakaoPayなどに対応している。

 

4-2.街中のATM・銀行の位置を記したマップを渡す

銀行や郵便局、コンビニ、スーパーなどに設置されているATM情報を記した地図を作り、インバウンド旅行者に渡そう。特に地方や郊外などでは、こうしたATM情報が役立つはずだ。

地図は広範囲でなくても、施設や宿の周辺だけでも現金を引き出す際の助けになるだろう。

なお、「地図に記載されていたATMを利用しようとしたけれど、カードが使えなかった」とがっかりされないよう、利用可能なカードも記すとなお良い。

 

4-3.現金の用意を促すとともに店舗周辺の観光地やお土産屋情報を共有する

インバウンド旅行者が訪日する前にやり取りが可能な旅行会社や宿泊施設、アウトドア事業者なら、現金の用意を促そう。日本のキャッシュレス化がまだまだ遅れており、決済に不便を感じることがある旨を伝えるのもキャッシュの用意を促すアクションの一つ。

外国人にとっては、見慣れない日本の紙幣や硬貨は扱いにくいはず。現金を用意する心理的ハードルを下げるためにも、国内での現金への信頼性、安全性は圧倒的に高いうえに、治安もよいことも合わせて説明できると効果的だろう。

その際、魅力的な観光情報やお土産情報を共有すれば、現金所持への必然性も高まりそうだ。消費拡大にもつながるだろう。

 

コラム

#日本のキャッシュレス決済普及率が低い理由

日本でキャッシュレス決済よりも現金での支払を選ぶ人が多い理由の一つに、現金の安全性が高いことが挙げられる。日本では偽造紙幣が非常に少なく、警察庁の発表(令和5年度実績)によると、国内で発見された偽造紙幣の枚数は、たったの681枚。日銀券の偽造発見割合は、275万枚に1枚である。

一方、海外では偽造紙幣の発見が日本よりも多い。国立印刷局の発表(平成18年実績)によると、日本の偽造紙幣の発見確率を1としたとき、ユーロ圏で137倍もの偽札が発見されている。またアメリカ財務省HPによると、ドル券の偽造券発生割合は1万枚に1枚の割合程度。

中国に関しては、あまりに偽造紙幣が出回っているため、スーパーやコンビニでは、偽造紙幣をチェックする機械が置かれているほどだ。

海外では偽造紙幣が出回っており、手元に回ってこないようキャッシュレス決済を利用する人が多い。

以下のグラフを見ると、日本のキャッシュレス決済比率は36%であり多くの人が現金で支払いをしている。それに対して、韓国や中国、シンガポール、欧米諸国はキャッシュレス決済が大半だ。

 

世界主要国におけるキャッシュレス決済比率(2022年)

引用:「2022年の世界主要国におけるキャッシュレス決済比率を算出しました」(一般社団法人キャッシュレス推進協議会)

 

 

 

まとめ

キャッシュレス決済の課題を乗り越えインバウンド旅行者の満足度を上げよう

現在、国内の若い世代はキャッシュレス決済を積極的に利用している。そのため、キャッシュレス決済に対応する店舗や施設が増加傾向にある。反面、海外と比べるとキャッシュレス非対応である場所がまだまだ多い。

現金で支払うにしても、ATM手数料がかかる、場所によっては現金を引き出す場所を見つけられないと困っているインバウンド旅行者が存在する。この課題を解決するために、インバウンド旅行者を対象としたサービス提供をしているなら、キャッシュレス決済対応は必須であるといえるだろう。
また、この記事で提案したようなアクションを起こすことも効果的だ。

インバウンド旅行者が困らないよう、できることから始めてみてはいかがだろうか。支払いで困らないければ、消費拡大につながるだけでなく、満足度が上がり、また日本を訪れたいと感じてもらえるだろう。

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【Hiroshima Streetscape of Yutakamachi-Mitarai】【Niigata Wakabayashi-tei House】©経済産業省、【表示4.0 国際】ライセンス https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/